村林孝夫さん訪問報告

村林孝夫さん訪問報告

東京大学の学生たちによる事前レクチャー

東京大学の学生たちによる事前レクチャーでは、留学生たちは村林氏について、①化学者として ②職人として ③芸術家として という3つの視角から紹介を受け、写真化学修復法の基本原理と村林氏の功績や人となりについて学んだ。村林孝夫氏は、古い白黒写真を化学的に修復する技術を持つ世界で唯一人の写真技術者である。通常、古い写真の修復と言うと、Photoshopなどのソフトを用いて電子データ上で画像を改変するデジタル修復がごく一般的であるが、この場合劣化部分の補修はどうしても技師の想像や推定に基づかざるを得ず、決して経年劣化によって失われたものをそのまま元通りに回復するものではない。端的に言って、「嘘」が入り込んでしまうのである。村林氏の化学修復法は、銀塩写真の化学的性質を利用し、薬品を使って写真紙上で化学反応を起こすことで劣化前の元の画像データを呼び起こし、写真が撮影された当時そのままの姿を今に甦らせるというものである。

写真修復見学

3月23日朝、留学生たちは大森にある村林氏の仕事場兼研究所へと向かった。村林氏から簡単な自己紹介をしていただいた後、早速化学修復の見学に入った。
今回は村林氏のご厚意により、留学生自身が持ってきた家族の古い白黒写真4枚を実際に修復していただいた。村林氏にとっても、スペインや中南米の写真を修復するのは初めてのことだっただろうが、銀塩写真の技術や規格自体はほとんど世界共通のものであるため、特に問題はないそうである。

村林氏が修復を行う作業場は7~8人程度しか入りきれないため、2時間以上に及ぶ作業工程を4つに分け、留学生たちは4つのグループに分かれて順番に作業場に入り修復作業を直接見学し、残りの留学生たちはその外で中継映像を通して見学する、という形をとった。これは実のところ苦肉の策であったが、実際にやってみると、狭い作業場の中に村林氏と留学生が少人数で肩を寄せ合いながら集まることにより、非常に親密な雰囲気が生まれ、留学生たちが村林氏の「技」を間近に見ながら、化学修復や写真に関わることはもちろんのこと、趣味や人生に至るまで、村林氏と和やかかつ深い対話を行うことができたことは望外の喜びであった。

作業終了後、村林氏を囲んで質疑応答を行った。ここでは、化学修復とデジタル修復の違いやそれぞれに対する村林氏の向き合い方といったお話をしていただいたほか、写真家、芸術家としての村林氏にフォーカスした質問も多くあった。村林氏が長年愛用されているカメラを実際に見せていただいたり、氏が敬愛する写真家マン・レイについて語っていただいたりするなどし、留学生たちは村林氏の写真に対する広範かつ深い見識と愛情に感銘を受けていた。また、仕事場に飾られていた村林氏の作品(これも化学技術を用いて加工したものである)も、多くの留学生たちの興味を誘っていた。「あなたは自身を『匠』だと思いますか?」という留学生の質問に対して、村林氏が「私はまだ『匠見習い』。日々学び続けなければいけない」とおっしゃっていたのが印象的であった。

修復した写真の返却

修復していただいた4枚の写真は、乾燥させて作業を全て終えるまで1週間ほどかかるため、一旦村林氏に預かっていただき、留学生が帰国する前日の送別会の際に手渡すことになった。修復を終えて返ってきた写真を見た留学生たちは、写真の中の自分の祖母や親類らの姿が見違えるほど鮮明に甦っているのを見て、驚きと喜びに満ちた表情を浮かべていた。

最後に

写真修復を通じて100年前の過去の人々の「思い」を現代に甦らせ、技術technicと芸術artという二つの領野を跨ぎながら、写真というひとつの「道」を究めようとする村林氏の仕事と生き様に間近で触れることで、留学生たちは、過去と現在とを架橋することの意味、「人」の並外れた情熱と献身がもたらす革新、などといった様々な点について学び、更なる思考を巡らせていた。このような貴重な機会を与えてくださった村林氏に、改めて深い謝意を表する。