イベント

Jul 13 2021 14:55

【参加記あり】「グローバル・スタディーズの課題」シリーズ第15回「政治思想史、帝国、グローバル化」

グローバル地域研究機構(IAGS)GSI

【参加記あり】「グローバル・スタディーズの課題」シリーズ第15回「政治思想史、帝国、グローバル化」


日時: 2021年7月13日(火)14:55-16:40

場所: Zoom Webinar

スピーカー: 馬路智仁
大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻・准教授

タイトル: 「政治思想史、帝国、グローバル化」

要旨:  「言語も地域も時代も違う歴史のなかに魅力的な問いを立てアクチュアリティが再生されることと、強固に立ちはだかる現在の政治社会のシステムを超え出るような長いスパンの批判的視線をもつこと、そしてそれによって現在の私の経験的世界が違って見えることが、なぜかしっかりと繋がるような次元が存在するのであり、それを学問的に合理的な議論として表現できるのは、思想史だけではないかと思うようになった」。これは報告者の最初の指導教員であった故・柴田寿子先生があるエッセイで記している言葉である。研究開始当初はピンとこなかったこの文章の意味が、研究対象への没入、留学、出版などを経て次第に実感できるようになってきた(ように思う)。

これまで報告者は主に、プロト(proto-)・グローバル化の時代と表現できる19世紀末から20世紀初めにかけてのイギリス政治思想を対象とし、技術革新に基づく時空間認識の再編、自然界/人間界に関する理解の再構成(進化論の流行)、人種・人種主義の台頭、移民・植民の活発化、諸帝国の拡大などが混在する中で展開された、国民国家を超える政治共同体への想像力を探求してきた。一方で報告者は現在、思想史(歴史)を叙述する意味とアイデンティティの関係をめぐる考察から、もう一つ別の研究対象――「太平洋思想史(Pacific intellectual history)」と仮称しているもの――を構想し始めている。多彩な文化圏から成る陸(外縁)に囲まれ、独特かつ無数の島々によって構成され、西洋諸帝国と近代日本の実践・思想が交錯し、先住民≂コスモポリタニズムの舞台でもあるこの海洋空間の分析に、「グローバル思想史」の大きな可能性があるのではなかろうか。(短いながらも)ここまでの自身の研究の道のりと今後の方向性を示しつつ、グローバル思想史が探求するものについて考察したい。

司会: 國分功一郎(総合文化研究科 超域文化科学専攻)

討論者:吉国浩哉(総合文化研究科 言語情報科学専攻)
田辺明生(総合文化研究科 超域文化科学専攻)
伊達聖伸(総合文化研究科 地域文化研究専攻)

言語: 日本語

「グローバル・スタディーズの課題」シリーズ:これまでのセミナーはこちらのページをご覧ください。

【参加記】

2021年7月13日、「グローバル・スタディーズの課題」シリーズ第15回が開催され、馬路智仁氏(総合文化研究科国際社会科学専攻准教授)が「政治思想史、帝国、グローバル化」と題する報告を行った。馬路氏は、自身が政治思想史を志した経緯を振り返りながら、自身の専門である20世紀初頭の国際政治思想に言及し、更に現在取り組んでいる「太平洋思想史」を紹介した。

 

馬路氏が学生であった当時、「グローバル化」という言葉が氾濫していたが、J.A.ホブスンの著作『帝国主義論』(1902年)と出会うことで、当時既に「グローバル化」の類型化が完了していたことに気付く。世紀転換期における通信・交通手段の革新によって、距離の消滅・時間の消失・地球の収縮が意識され、帝国が拡大されている状況の中で、数多くのグローバル化言説がなされており、一世紀後の今日とパースペクティブの重なりが見出された。その気付きから政治思想史を志すようになった。

 

馬路氏は、国際関係論を構成する諸概念(主権国家、アナーキー、領域)が創り出されてきた思想史的展開に関心を持ち始めたことから、L.T.ホブハウスの社会的リベラリズムにおける帝国・国際秩序構想(機能的多元論に基づく国境を超えた民主主義)や、世界最初の国際政治学講座教授アルフレッド・ジマーンの国民国家を超える政治協同体構想(古代ギリシャと現代の英帝国共同体の相互構成に基づく公民的共和主義、国際連盟構想)などに取り組んできた。

 

一方、J.G.A.ポーコック『島々の発見-「新しいブリテン史」と政治思想』(2005年)において、英本国の対蹠地ニュージーランドの視点からブリテン史を捉え直し、太平洋という多元的・多文化的な構成要素(地域・共同体・人々)の遭遇・相互接触・浸食によってネオ・ブリテン人としてのアイデンティティが形成されるという主張と出会ったことが契機で、馬路氏は「太平洋思想史」という新しい領域へと踏み出す。それは「グローバル思想史」とカテゴライズされる試みの一環であり、一国史・国民国家史・西洋中心主義に対置される歴史記述であるが、「太平洋思想史」では、どの様に太平洋を捉えていたのかという概念やヴィジョンそのものを問う。具体的にはエペリ・ハウオファの「新しいオセアニア」プロジェクトにおける「太平洋アイデンティティ」の再構築提案が紹介された。

 

馬路氏の報告に対し、討論者の吉国浩哉氏(言語情報科学専攻)は西洋人以外の人々が大きな海を構想し始めたのはいつ頃かと問うた。これに対し馬路氏は、まだ良く分かっていないが、「太平洋思想史」では、「太平洋」という西洋由来の概念を受け入れた上で、アイデンティティを再構築させていると答えた。また、田辺明生氏(超域文化科学専攻)は、世紀転換期の政治思想には多様性と豊かな可能性があったのに1930年代に西洋中心の国際関係論に収斂していった経緯を踏まえ、深い存在論的多元性を視野に入れた国際関係論を追求すべきであり、そのために「太平洋思想史」に大きな期待をかけている、との問題提起を行った。これに対し馬路氏は、大きなテーマに近づくために、先ず初期の国際関係論の多様性を精査しつつ、「太平洋思想史」の研究を深めたいと答えた。伊達聖伸氏(地域文化研究専攻)は、植民者の本国に対する劣等感の問題を提起し、ポーコックのネオ・ブリテン人の議論は劣等感の克服と理解できるのかと問うた。これに対し馬路氏は、劣等感の問題はネオ・ブリテン人にもあり、劣等感が媒介となって土着文化への接し方が異なるために様々なアイデンティティ形成が行われていると答えた。その他、種々の質疑が行われ、本セミナーは盛況の内に終了した。

【報告:鈴見満喜(教養学科後期課程研究生)】