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Mar 03 2023 15:00-17:00

Meeting for Joint Review: Cheung Chan-fai『香港存歿』 (translation by Cheung Ching-yuen, Ronsosha, 2023)

CaravanRevolutionalizing the concept of the “universal” through the experiences of small nations and collectivities

Meeting for Joint Review: Cheung Chan-fai『香港存歿』 (translation by Cheung Ching-yuen, Ronsosha, 2023)


Poster for Meeting

【Date/Time】

2023/3/3(Fri)15:00-17:00

【Venue】

EAA seminar room (101)

【Language】

Japanese, English

【Program】

15:00-15:20 Presentation:Chan-fai Cheung
15:20-15:40 Comment :Tomoko Ako
15:40-16:00 Comment :Kiyonobu Date
16:00-16:20 Comment :Mariko Tanigaki
16:20-17:00 Floor Discussion

【Co-organizer】

Institute for Advanced Global Studies(IAGS), The University of Tokyo

【Report】
2023年3月3日、張燦輝『香港存歿』(張政遠訳、論創社、2023年)の合評会が開催された。合評会では著者の張燦輝氏の挨拶と講演の後、阿古智子氏・伊達聖伸氏・谷垣真理子氏が同書の内容についてコメントした。進行役を務めたのは訳者の張政遠氏である。会場の東京大学駒場キャンパス101号館EAAセミナールームには大勢の聴衆が詰め掛け、普段なら使わない簡易椅子も全て埋まった。同書への関心の高さが目に見えてわかった。

著者の張燦輝氏は1949年香港生まれ。1949年は国共内戦の後、大陸で中国共産党の中華人民共和国が成立し、台湾に中華民国政府が移転した年であり、その意味で張氏は現代中国史上の画期に生まれたといえる。当時は社会の混乱と恐怖のなか、多くの人が自由を求めて中国や台湾から香港に渡った。張氏は中国を代表する哲学者、唐君毅と労思光に師事したが、唐は1949年に大陸から、労は1955年に台湾から香港に移り住んだ人物である。

イギリス統治下の比較的平和な香港に生まれ、少年期を実存主義の本を読んで過ごした張氏は、フライブルク大学で博士号を取得した後、1992年から2012年の20年間に渡り香港中文大学の哲学教授を務めた。張氏は実存主義を基礎に、生、死、愛、そしてユートピアに関する哲学を紡ぐ、現代香港を代表する哲学者として知られる。2019年から2020年の混乱のなか、張氏は香港の民主化を求める市民を熱烈に擁護する文章をさまざまなメディアに寄稿してきた。本書『香港存歿』はそれらを一冊にまとめたエッセイ集である。

本書を貫くのは、「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」というシェイクスピアの言葉である。張氏によれば、現在の香港で起きているのは「実存的危機」にほかならない。それはたんなる生物的な生か死かではない。自由と民主主義が香港から奪われようとしているなかで声を上げて抵抗するのか、それとも飼い慣らされて服従するのかという、価値や尊厳に関わる実存的な生か死かである。本書で私たちが目にするのは、支配者側のほとんど確実な勝利を前にして、それでもなお死を覚悟で生きようとする哲学者の言葉である。

勝者よりも敗者のほうが尊敬に値する。彼らは、絶望に終わるかもしれないにもかかわらず、心の中に希望を持っている。絶望も希望も、運命への反抗から生まれたものである。希望と絶望は、人間であることの価値であり意味である(同書47-48頁)。

香港中文大学におけるデモの鎮圧、報道の自由を守ろうとするメディアへの圧力、民主化を訴える仲間の逮捕という母国の現実を前に、自由と民主主義、そして抵抗の意味を説く張氏の言葉は、重い。香港に対する張氏自身の想いという個人的な次元と、香港で激動する社会情勢という政治的な次元が複雑に絡まり合うところで、張氏のテクストは織りなされているのであって、その実存主義は個人的な射程を超えて、集合的な射程を帯びるものになっている。これが、ひとつひとつの言葉を読者に突きつけてくるような迫力の源だろう。

同じ東アジアの日本に生きる私たちは、張氏の言葉をどのように受けとめることができるのだろうか。張氏に続く三人のコメンテーターの発言は、香港を取り巻く複雑な国内外の情勢のなかで張氏の思想が占める特殊な位置をおさえたうえで、その抵抗の思想が香港を超えて、台湾、日本、さらにはフランスとも共鳴しうる可能性を示すものだった。

本書『香港存歿』は抵抗の書である。「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」という聞き馴染みのある問いかけは、読書体験を通して「生きろ」という差し迫った呼びかけに変わる。たとえ香港から離れた日本であっても、社会の危機を前に実存的な生を選び続ける張氏の言葉は、心に抵抗の火を灯すものである。その読者が、まだ死んでいないのであれば。

【報告者:田中浩喜(東京大学大学院)】