研究実績

国家にとっての国境、ヒトにとっての国境

「新たな移民研究の創造に向けた学術横断型研究」(野村財団助成)

湯川拓

国家にとっての国境、ヒトにとっての国境


国家にとっての国境、ヒトにとっての国境

湯川 拓

 

現代世界において、人は国境によって自由に移動する権利を制限されている。すなわち、国家は、どれだけの人が領域内に入るか、どこから来るか、どの様な権利を与えるか、どのようなリソースを持ち込ませるか、を管理している。現在の我々はこのことに慣れてしまっているが、かつてはそうではなかった。19世紀半ば以降には(奴隷や借金の返済に関連するものではない)自由な移動が激増する。ヨーロッパから大西洋を渡ってアメリカ、あるいはカナダ、アルゼンチン、ブラジルなどへ。他にもアメリカ大陸からヨーロッパ(例えばイタリアやスペイン)に戻ったり、他にもヨーロッパ内、アジア内、の移住も多く見られた。そしてその際には国家がそれらを管理・制限するという性格は非常に希薄であった。例えば、イギリスではフランス革命後1905年まで外国人の入国拒否や退去強制の例は皆無であった。その意味で、かつては「自由な移動の時代」ともいうべきものがあったのである。しかし、主に第一次大戦を契機に、国境管理、国家への帰属、パスポートの制度化、ナショナリズム、反移民運動といった流れの中でそのような時代は終焉を迎えることになる[1]

かくして我々は自由に国境を超える権利を奪われることになった。これは人権侵害ではないかという見方もある。1948年世界人権宣言13条2項では「全て人は、自国を含むいずれの国からも立ち去る権利および、自国に帰る権利を有する」とされ、1966年の国際人権規約の自由権規約12条2項でも同じような記載がある。しかしこれは離れる自由であり、受入国に受け入れる義務があるということを意味しないという解釈が一般的である。

人の移動と国境は切り離せない関係にある。では、国際関係論は国境についてどのように理論化し、どのような実証データを集めてきたのだろうか。本稿では代表的な国際政治学者であるBeth A. Simmonsの一連の研究の紹介を通じて、国際関係論における国境研究の先端を紹介したい。

 

我々「ヒト」にとって国境というものが移動の自由を制限するものならば、国家にとってそれは何だろうか。Simmonsは2005年の論考において、従来の研究はそれを「押し付けるもの/押し付けられるもの」というゼロサム的な見方で捉えてきた、とする。つまり、ある場所に線を引くということは強国にとっては自分に有利なように押し付けたものであり、弱国にとっては不本意に押し付けられたものであるという見方である。

確かにこのような側面はあるが、SimmonsはWWII後、全国境の内、紛争になっているものは3分の1以下であることを指摘する。過半数は正統性を認められているし、紛争の対象になっていないわけである。そこで彼女が提示するのは共通の利益を実現するためのポジティブサム的な「制度としての国境」という見方である。2005年の論考では、国境の引き方において両国が一致せず係争状態にあることは法的不確実性と政治的不確実性を生じさせることで経済活動を阻害することで両国にとって損失となることを実証的に示した。このように、国家にとって国境とはゼロサム的な側面に留まるものではなく、協力の賜物でもあるのだというのがSimmonsの提示した理論的なパースペクティブである。

近年発表された2019年の論考では、さらに多種多様なデータが提示され、国際社会における国境の現在の在り方が提示されている。様々なデータがまずは記述的な形で並んでおり初学者にも親しみやすく、このテーマに興味がある方はこの論文を読んでもらいたい。例えば、2016年の段階で世界の人口の実に25%にあたる18億7千万人が国境の100キロ以内の領域に居住しているのでありその意味で国境地帯は非生産的な辺境という見方は根本的に改めなければならないという指摘など(Simmons 2019, 257)、実データに基づく論証は理論的な貢献とはまた異なった興味関心を掻き立てられる。

この論考における様々なデータが示している方向性のうちの一つは、国家にとって国境の持つ重要性と意味が変わってきたということである。それは国連安保理に関する以下の二つの図に示される。

※Simmons (2019, 261)より抜粋

※Simmons (2019, 268)より抜粋

 

上のグラフは近年になって国境というものが国際社会の関心事としての重要性を増しているということを意味している。そして、下のグラフはその際の文脈とは伝統的な国境の画定あるいは既存の国境の正当化という問題ではなく、国境の管理や安全保障であるということを表している。既に述べた二面性に照らすと、線引きをめぐるゼロサム的な紛争という側面が後継に退いたと言える。背景としては国境地帯に居住する人が増えたこと、移民が安全保障の問題としてとらえられるようになったこと、国境問題は重要な経済的な脅威になりうること、国境地帯における暴力が深刻であること、などが挙げられる(Simmons 2019, 261-2)。つまり、もはや国境とは単なる領域を分割する線ではなくなったのである。

もっとも、それが「共通の利益を実現するための協力」という方向性に向かうかは必ずしも自明ではない。本質的には国境問題は国家間協力を要請する。情報の共有や警察活動の協働などが欠かせないからである。しかし、国境という問題は時に多国間協力だけでは解決しにくく、二国間での合意によるアプローチをとらざるを得ないという特殊性を持っている。また、ナショナリズムやポピュリズムの高まりの中、国境における壁の建設も増加している[2]。その意味では、国境問題が深刻化することが国家間協力の進展を促しているとは言えない[3]

 

以上、国家にとっての国境とその変化について述べた。しかし、国境あるいはそれを超えることの意味合いが変化してきたのは国家だけではない。我々にとってもそれは同様である。

※Simmons (2019, 263)より抜粋

 

これはGoogle nrrams(検索文字列の頻度)のグラフである。冷戦終焉の時期から「borderless」という言葉が勢いを増す。これは我々の実感とも合致する。しかし、9・11以降は「border security」という言葉が急増しすぐに前者を追い越すのである。もちろんこれは言語が英語に限られていると言ったバイアスは存在するものの、これからの我々はボーダーレスの世界を生きるのだというある種の多幸的な感覚が薄れ、国境問題の深刻さが共有されていく過程をよく示している。もちろん話は検索ワードの変更に留まらない。各国が国境の警備を手厚くし最新技術をもって管理を厳格化していくことは、難民にとってはまさに死活的な問題となる。

 

国際社会は一方で領域主権や領土保全に基づく極めて分権的な秩序を志向しつつ、第二次大戦後には自由開放経済による統合や普遍的な人権を謳ってきた。両者は本質的には衝突しうるものであるが、概ね、その矛盾に直面することなく対処してきた。しかし、グローバル化の進展とともに、ついにその問題が不可避なものとして現前しており、その最前線が国境問題である言えよう。

 

 

参考文献

Carter, D. B., & Poast, P. (2017) “Why do states build walls? Political economy, security, and border stability”, Journal of Conflict Resolution, 61(2), 239-270.

 

Goldin, I., Cameron, G., & Balarajan, M. (2012) Exceptional people: How migration shaped our world and will define our future. (Princeton: Princeton University Press).

 

Kenwick, M. R., & Simmons, B. A. (2020) “Pandemic Response as Border Politics”, International Organization.

 

Simmons, B. A. (2005) “Rules over real estate: trade, territorial conflict, and international borders as institution”, Journal of Conflict Resolution, 49(6), 823-848.

 

Simmons, B. A. (2019) “Border Rules”, International Studies Review, 21(2), 256-283.

[1] この辺りの歴史的経緯を含め、Goldin et al. (2012)は人の移動の歴史について平易にまとめている。

[2] この点のデータについては、Carter and Poast (2017)参照。

[3] 同様のことは、新型コロナウイルスの問題において一層顕著となった。この点についても、Simmonsは論考を発表しているので参照されたい(Kenwick and Simmons 2020)。