Covid-19時代の人の移動とその管理をめぐる体制?
「新たな移民研究の創造に向けた学術横断型研究」(野村財団助成)
遠藤貢
Covid-19時代の人の移動とその管理をめぐる体制?
遠藤貢
(1)アフリカからの「移民」の現在
The Economist (November 28th 2020)では、最近の西アフリカからの「移民」の問題を伝えている。しかし、この移動は「生きるか死ぬか」という命をかけた「ボート・ピープル」の問題である。今年は、少なくとも529人が、主に西アフリカからスペイン領カナリア諸島を目指す中で命を落としている。そのうち400人は遭難したボートに乗船し、溺死したとみられている。カナリア諸島に向かうルートで命を落とすリスクは、地中海を渡るルートに比べて6倍以上にも上る。それにもかかわらず、今年はすでに昨年の10倍にも上る1万8000人がカナリア諸島に漂着しており、その半数は記事が書かれる前の1ヶ月に集中しているのである。
この背景には、その約3割を占めるマリからの「移民」は国内のジハード主義勢力による暴力があるほか、選挙暴力が発生したギニアやコートジボワールからの移民が14%を占めると国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は試算している。加えて、セネガルの漁民もこうした「移民」の多くを構成している。セネガル沖はEUにとってマグロや鱈の一種(hake)の好漁場となっており、セネガル政府がEUと更新した漁業に関する取り決めの結果、45隻に上るヨーロッパからの大型漁船が漁を行う一方、今回のパンデミックにより、漁民は1週間に3日しか漁を行うことができない規制が行われている。加えて、アフリカ諸国の経済はパンデミックの影響を受けてきわめて深刻なダメージを受けており、雇用機会は減少し続けている。こうした状況に加え、ヨーロッパにおけるCovid-19による死者の増加傾向が、ヨーロッパでのアフリカからの「移民」の新たな雇用機会を創出するとの期待感が、「移民」の増加に拍車をかけてもいる。特にセネガル政府は、仮に無事にカナリア諸島に到着した「移民」に対しては、強制送還のための航空機の受け入れを2018年から拒んでいる。その結果、ヨーロッパからの帰還を命じられたセネガルからの「不法移民」の8%しか、実際には本国に帰還していないとされる。そこにはよりよい生活を期待するとともに、本国への送金を行い、家族を養うことへの強い希望があるのである。
(2)「移民」とその管理体制をとらえる視座
このような人の移動に関わる概念の一つに「ディアスポラ」がある。この概念をめぐっては従来から論争的な側面を有してきた。小職が研究対象としているアフリカをとりまくディアスポラに関しては、近年においても「ブラック・ディアスポラ」として様々な研究が行われてきた(シーガル 1999; 小倉充夫・駒井洋編 2011)。この場合、「ディアスポラ」は、奴隷貿易以降の長い歴史的背景の中に問題が設定される傾向が顕著にみられる。ただし、「ディアスポラ」という概念の今日性は、「国民国家の枠組みでは捉えきれない人の移動とそれに伴う社会現象」(臼杵陽監修 2009: 4)を補足するために、きわめて広い意味合いにおいて用いられていることにある。そして、その核となる要素は、ブルーベイカーが指摘するように、離散、郷土指向、境界の維持を挙げることは可能であろう(ブルーベイカー 2009: 382-386)。さらに、「ディアスポラ」は祖国から完全に断絶されるのではなく、今日的なグローバルな文脈の中で祖国との間の継続的な関係性の中に位置づけられるという点に留意する必要がある。最近の西アフリカからの「移民」が、今後「ディアスポラ」としてのなにがしかの評価を得られる存在になるのかは未知数である。
こうした「移民」に関わるグローバルなガバナンスの枠組みは「断片化」(fragmentation)と言う評価が与えられている(Kainz and Betts 2020)。ある意味でこうしたパッチワーク的なガバナンスのあり方が形成されてきた背景には、「送り出し国」と「受け入れ国」の権力の非対称性(power asymmetries)が大きく関係している。カインツとベッツの議論においては、アフリカ諸国のような「送り出し国」となる相対的に弱い国家はマルチラテラルな枠組みを志向する一方で、相対的に強い国家は、マルチラテラルな枠組みの形成に拒否権(veto)を発動することが繰り返される結果、非常に多様な「移民」をめぐる国際的な枠組みが乱立してきたと説明されている。
Covid-19は、基本的には人の移動を大きく制約する契機として作用している。しかし、前半で触れたように、こうした制約の中でも「生きるか死ぬか」という命をかけた「ボート・ピープル」の動きがある。こうした「人の移動」に対しては、これまで同様きわめて場当たり的な何らかの枠組みの形成が行われるかもしれない。しかし、その包括的な管理・運営制度としての移民のグローバル・ガバナンスそのもののあり方は、当面「失われた」状態(missing regime)が続かざるを得ないと思われる(Ghosh 2000)。
いずれにしても、Covid-19時代の人の移動については、改めて複眼的な観点からの研究が求められることになっていくのであろう。
臼杵陽監修 赤尾光春・早尾貴紀編(2009) 『ディアスポラから世界を読む 離散を架橋するために』明石書店
小倉充夫・駒井洋編(2011)『ブラック・ディアスポラ』明石書店
シーガル、ロナルド(富田虎男監訳)(1999)『ブラック・ディアスポラ 世界の黒人が作る歴史・社会・文化』明石書店
ブルーベイカー、ロジャー(2009)「『ディアスポラ』のディアスポラ」臼杵陽監修 赤尾光春・早尾貴紀編『ディアスポラから世界を読む 離散を架橋するために』明石書店、375-400ページ。
Ghosh, B. (2000) Managing Migration: Time for a New International Regime? Oxford: Oxford University Press.
Kainz, Lena and Alexander Betts (2020) “Power and proliferation: Explaining the fragmentation of global migration governance,” Migration Studies (doi:10.1093/migration/mnaa015)