【参加記あり】第4回グローバル・スタディーズ・セミナー 速水淑子「ヴァイス『追究』とフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判――司法のことばから戯曲のことばへ」

【日時】2025年11月27日(木)15:00~16:30
【司会】吉国浩哉(総合文化研究科言語情報科学専攻)
【コメント】受田宏之(総合文化研究科国際社会科学専攻)・中尾沙季子(総合文化研究科地域文化研究専攻)
【開催場所】18号館4階コラボレーションルーム1+Zoom
【要事前登録】
【言語】日本語
【共催】地域文化研究専攻(今回のグローバル・スタディーズ・セミナーは、地域文化研究専攻研究集会を兼ねるものです)
【要旨】1963年から65年まで、西ドイツ・ヘッセン州のフランクフルトで、ナチ政権下のアウシュヴィッツ強制収容所で行われた犯罪についての大規模な裁判が行われた。当時の収容所副官をはじめ看守ら24名が起訴されたこの裁判は、ホロコーストに関する司法追及の画期のひとつをなすだけでなく、多くの収容所生存者が法廷で証言を行ったことで、アウシュヴィッツにおける大量殺戮システムの全貌を明らかにすることにも寄与した。
公判にあたっては、裁判の実現に尽力したフリッツ・バウアーらの強い意向のもと、ドイツ市民への啓蒙も同時に目指された。裁判傍聴機会の提供や、マスメディアでの報道、シンポジウムや展覧会の開催のほか、裁判をもとにした小説や戯曲の執筆が呼びかけられた。裁判をきっかけに作られた作品のひとつに、戯曲家・小説家ペーター・ヴァイスによる『追究――アウシュヴィッツの歌』(1965)がある。
この戯曲は、フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判の様子を、1幕11場で描いた法廷劇である。戯曲のセリフの多くは、法廷での被告・証人・判事・弁護士・検事の発言がそのまま用いられている。ヴァイスは自ら公判の一部を傍聴し、アウシュヴィッツ強制収容所跡への現地視察にも同行したほか、執筆にあたって、「フランクフルト一般新聞」に掲載されたベルント・ナウマンの詳細な裁判記録を参照した。この裁判記録はほぼそのままの形で『アウシュヴィッツ裁判――1963年から1965年のフランクフルトにおけるムルカ等に対する刑事裁判の報告』として出版されている。
報告では、ヴァイスの戯曲とナウマンの報告、裁判の公式議事録と一部の録音テープを比較することで、ヴァイスが裁判をどのように戯曲化したのかを検討し、60年代西ドイツにおけるナチ政権との向き合い方という観点から、この作品の評価を試みる。ヴァイスの作品は、文学史的にみれば、社会問題を扱う政治演劇やドキュメンタリー・シアターの系譜に位置付けられる。報告では、歴史的出来事を文学作品で扱う際に生じる一般的な課題についても考えたい。
【参加記】2025年11月27日、第4回グローバル・スタディーズ・セミナーがハイブリット形式にて開催された。発表者は速水淑子先生、司会は吉国浩哉先生、コメンテーターは受田宏之先生、中尾沙希子先生が務められた。
報告のテーマは、フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判を元にしたペーター・ヴァイスの戯曲『追究』についてである。速水先生は、公判記録と戯曲を比較しつつ、ヴァイスが裁判をどのように再構成したのか、またその評価を考察した。
アウシュヴィッツ裁判は、ニュルンベルク裁判のような戦争犯罪法廷ではなく、通常の刑法(謀殺および謀殺幇助)によって行われた点が特徴的である。これは西ドイツにおいて「人道に対する罪」や「大量殺戮犯罪」が遡及適用できないと判断されたためである。この点を含め、報告ではまず西ドイツにおけるナチ犯罪追及が概観された。
ヴァイスがどのように公判を戯曲として再構成したのかについては、①公判の再構成、②人物、③大企業の役割、④観客への挑発という四つの観点から紹介された。まず①では、戯曲全体が、収容所の全体像を描き出すように再構成されていることが確認された。『追究』がダンテ『神曲』に倣った形式をもち、様式化に伴い、証言の変形や、繰り返し・すすり泣き・沈黙・通訳・被害者の固有名詞等において省略がなされていることが指摘された。特に、証言者や被害者の詳細を省くことで、アウシュヴィッツの多言語性や被害者の多様なナショナリティが不可視化される。実際の公判では被害者の証言の独白がなされたが、被害者・判事・被告の対話形式に再構成されている。また、残虐な描写は多いが、過度にドラマ化されず、猟奇趣味、センセーショナリズムの抑制が行われていたことから、感情よりも理性に訴える手法が取られていたことが述べられた。
②について、基本的に人物は抽象化して描かれている。個々人のドラマではなく、利己的でないと生き延びられない弱肉強食社会、被害者も加害者にならざるを得ないという収容所のシステムが強調されている。③では、ジーメンスやクルップといった大企業が戯曲に登場する点が注目された。ナチ時代と戦後をつなぐ資本主義の構造、またエリート層の人的継続性への批判として読み取れる。④証人や被告の発言を通して、観客にはシステムを支えた被告以外の人々の責任が問題になる。戯曲の最後は、被告が命令されただけで責任はないと繰り返し主張し、ユダヤ人迫害の罪を相対化し、裁判を東側共産陣営の策略だと非難するような発言で幕を閉じることになる。観客は、ここで拍手をすれば被告に同意するという状況になり、拍手によって戯曲と現実の世界を区切ることができず問いかけられたままになる。これは、裁判が組織的な大量虐殺そのものについては、ヒトラーとナチ上層部のみを謀殺正犯とみなし、実行にかかわった被告らを謀殺幇助犯とのみ位置づけたことと対局をなしていた。
戯曲への評価として、ヴァイスが司法追及の限界を理解しつつ、文学という形式でそれを越えようとした点が指摘された。また、収容所を「資本主義の帰結」とする戯曲の枠組みが東ドイツのファシズム論と近い点や、戯曲中に「ユダヤ人」という語を用いないことで批判も受けたことが紹介された。一方で、この様式化と抽象化からは「生き延びた者の罪悪感」や「誰もが加害者/被害者となる収容所システム」の強調が読み取れるという解釈も提示された。
質疑応答で、受田先生は「システムと主体性の関係」について質問し、ヴァイスの共産主義への肯定的な評価を踏まえつつ、ヴァイスは体制が資本主義から共産主義へ移行すればすべてが解決すると単純に考えていたわけではない、という点が議論された。速水先生は、ヴァイスが収容所という極限状況の中にあってなお人間の尊厳が輝く瞬間を描き出し、個人の主体性を重視していたことを指摘された。中尾先生および会場からは特に、戦争裁判へのヴァイスの視点について質問がなされた。通常裁判で裁かれたことを含め裁判の枠組みにヴァイスは批判的であり、『追究』に判決が含まれていない点から、判決自体を重視していないと考えている可能性があると速水先生は指摘した。
本報告は、歴史学、文学、法学にまたがる研究の射程を見せている。個人的には、『追究』への評価が1960年代と現在では違っている点に特に興味を持った。現在との差異があるとするならば、1960年代の評価はその当時の時代背景や人々の価値観が反映された可能性が高いからだ。私は歴史学を専門としているが、本報告では文学研究の視点から歴史が浮かび上がってくる点が印象的であった。全体として、文学研究の醍醐味が凝縮された非常に刺激的な報告であった。
【執筆者:上野春香(総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程)】