【参加記あり】第4回グローバル・スタディーズ・セミナー 上英明「キューバ革命史研究序説:対米関係と移動の政治を中心に」
【日時】2024年5月23日(木)15:00~16:30
【司会】伊達聖伸(総合文化研究科地域文化研究専攻)
【コメント】馬路智仁(総合文化研究科国際社会科学専攻)・國分功一郎(総合文化研究科超域文化科学専攻)
【開催場所・方式】ハイブリッド方式で実施。
【言語】日本語
【共催】地域文化研究専攻(今回のグローバル・スタディーズ・セミナーは、
【要旨】フィデル・カストロやチェ・ゲバラらが活躍した1959年のキューバ革命は、グローバル冷戦の潮流のまっただ中に中南米諸国を呑み込むだけでなく、中南米研究の爆発的な拡大を世界各地にもたらした。ところが、これだけ大きな衝撃をもたらしたにもかかわらず、この革命キューバの歴史的沿革に関しては65年を経た現在でもあまり実証的研究が進んでおらず、現代ラテンアメリカ史における空白地帯となってしまっている。本報告では、その空白を埋める一つの試みとして、革命キューバが提示した歴史観と現在に至るその展開を提示した上で、キューバにおける史料調査の重要性とその意義について議論する。具体的には、人の移動をめぐる「キューバ人とは誰か」の問題を取り上げ、革命キューバの対米関係と移民戦略の一部について現在までに判明したことを紹介し、今後の研究の道筋を示したい。その中で、歴史研究の難しさと楽しさ、および複合的な地域研究のあり方とその葛藤のようなものについても議論ができればと考えている。
【参加記】2024年5月23日(木)に開催された第4回グローバル・スタディーズ・セミナーでは、「キューバ革命史研究序説:対米関係と移動の政治を中心に」という題で上英明氏(総合文化研究科地域文化研究専攻)にご講演いただいた。上氏はキューバ革命史研究の動向について解説し、移民に焦点を当てながら1959年から2015年の国交正常化に至るまでの米・キューバ関係の展開を明らかにした。そして、研究の今後の展望として在米キューバ人の「脱政治化」をキューバ側の対米戦略として捉えるという方向性を提示した。
キューバ革命は、世界中の中南米研究を盛り立てた現代ラテンアメリカ史最大の事件であった。上氏は革命以前のキューバ史研究は1990年以降大幅に進展してきたが、革命以後の歴史については今でも十分な検討がなされていないと指摘した。このような状況の背景には革命が聖域化され、そもそも歴史研究の対象となっていなかったこと、また一次史料へのアクセスが欠如していたことなどがあるという。近年はPiero Gleijesesらを筆頭に革命以後の歴史研究も徐々に登場しているが、いまだに大きな研究の余地が残されている。
上記を踏まえつつ、上氏は米・キューバ国交正常化が2015年まで遅れたのはなぜかという問題意識に基づいて研究を進めてきた。その際に鍵となったのが、ワシントン、ハバナ、そしてマイアミの三角関係である。革命後、多くのキューバ人がマイアミに亡命し、この人の移動は移民危機を何度も引き起こしてきた。なかでも転機となったのは、キューバ移民集団を対象とした対話政策と米国との冷戦的な対決を背景に勃発したマリエル危機であった。この危機を経て移民管理の方法を模索すべく米・キューバ両政府の交渉が進められたが、マイアミの移民政治の力学がこれを阻害し、両国の関係は複雑化していった。その一方で、移民交渉の過程ではマイアミの移民を経済移民であるとする新たな「通説」も形成された。移民集団が持つシンボリックな意味合いの喪失がその後の国交正常化に繋がった可能性もあり、米・キューバ関係を見る上ではこの点を考慮する必要があるという。
また、上氏はキューバの対米戦略を軸に分析を進めていくという新たな方針を提示した。同氏はキューバ史料を手がかりに、革命政権が人の移動を「脱政治化」する必要性を認識していたと述べた。政権は在米キューバ人の政治的影響力とイデオロギー的影響力を認め、移住そのもの、および移住者との対立を防止する戦略を立案したという。具体的には、対米移民交渉に加えてキューバ国内や移民社会への広報活動が重視された。国内向けの広報は移民を敵視してきた政権支持者を念頭に置いた世論啓蒙であり、「通説」の普及努力がなされたほかキューバ移民問題研究所が設立された。移民社会向けの広報は、対キューバ制裁に賛同する層の切り崩しを目的とした働きかけが主であった。しかし、これらの「脱政治化」戦略は在米キューバ人亡命者の反発を受け、さらにトランプ政権が対キューバ制裁を強化したことから必ずしも成功しなかった。上氏はこの「脱政治化」戦略の分析を通じて対米関係や移民戦略を中心にキューバ革命史を再解釈することができると今後の展望を述べた。
本報告に対し、馬路智仁氏(総合文化研究科国際社会科学専攻)と國分功一郎氏(総合文化研究科超域文化科学専攻)からそれぞれ質問が寄せられた。馬路氏は米国からキューバ側に視点を移すことで生まれる理論的枠組みの変化について指摘し、それがどのようなものか質問した。それに対して、上氏はキューバの対米戦略を分析することで国力において不利な立場にあるキューバが相手国の力を利用しつつ目的を達成しようとする姿を明らかにし、小国ならではの逞しさを示すことができると回答した。続いて、國分氏は朝鮮戦争に言及し、他地域と比較した際のキューバの事例の特殊性について質問した。それに対して上氏はキューバの特色として米国との近接性を指摘し、その結果として国民国家を前提とした従来の議論では考えられない「国境を越えた内戦」が展開したのだと回答した。
革命から60年以上の時間が経過した現在、キューバ革命史を再評価する意義と人の移動が外交政策に与える影響の重要性が示された本セミナーは、白熱した議論とともに閉会した。
【報告者:板倉渉(総合文化研究科地域文化研究専攻 修士課程)】