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Jan 12 2024 15:30~17:00

【参加記あり】第3回グローバル・スタディーズ・セミナー 平松彩子「民主化過程における国家の権力行使――アメリカ合衆国政府による南部地域への介入を事例として」

グローバル地域研究機構(IAGS)GSISPRING GX対象コンテンツ

【参加記あり】第3回グローバル・スタディーズ・セミナー 平松彩子「民主化過程における国家の権力行使――アメリカ合衆国政府による南部地域への介入を事例として」


【日時】2024年1月12日(金)15:30~17:00

【司会】伊達聖伸(総合文化研究科地域文化研究専攻)

【コメント】受田宏之(総合文化研究科国際社会科学専攻)・國分功一郎(総合文化研究科超域文化科学専攻)

【開催場所・方式】ハイブリッド方式で実施します。会場は、18号館4階コラボレーションルーム1。

【言語】日本語

【共催】地域文化研究専攻(今回のグローバル・スタディーズ・セミナーは、地域文化研究専攻研究集会を兼ねるものです)

【要旨】アメリカ合衆国は、近代的な民主主義体制を世界に先駆けて19世紀前半に始動させた。しかしその後も永らく、多数の市民に対して政治参加や自由を認めない権威主義的な体制が、南北戦争で敗れた地域において維持された。多民族国家としてのアメリカ合衆国が民主化の途についたのは、じつに1960年代後半から1970年代初めにかけてのことであった。アメリカ政治研究の文脈では、この過程は1965年投票権法の成立を実現したリンドン・ジョンソン大統領と黒人公民権運動の主要な功績として描かれてきた。しかし同法を南部地域において執行するために、連邦政府の官僚が、いつ、どこで、なぜ、どのように民主化のための活動を行ったのかについては、網羅的に詳らかにされることはこれまでほとんどなかった。政治参加を訴える黒人市民に対して、南部白人からの事務手続き的な差別、私的な制裁、暴力や破壊行為が横行する中、連邦司法省の南部地域への介入はどのように決められたのだろうか。本報告では各州比較の観点から、この執行活動に見られた特徴と州政治への影響をまず明らかにする。次に、およそ半世紀後の2013年に投票権法の形骸化をもたらすことになったシェルビー判決について、経緯と功罪を論じる。ドナルド・トランプの吹聴する「盗まれた選挙」説がいまだ霧消せず、アメリカのみならずグローバルな潮流として民主主義の危機が指摘されるこんにち、この固有の民主化経験がどのように理解されうるかについても、可能な範囲で考察を行う。

【参加記】3回G S Iセミナーでは、「民主化過程における国家の権力行使―アメリカ合衆国政府による南部地域への介入を通して―」という主題で平松彩子氏による報告が行われた。本報告では、アメリカ南部地域における1965年投票権法の執行に焦点を当て、連邦政府による介入がどのように行われたのかが明らかにされた。また、投票権法を形骸化したとされる2013年のシェルビー判決にも触れ、判決に至るまでの経緯とその功罪について論じられた。

1965年投票権法は、➀1964年の大統領選挙時に投票率または有権者登録が50%以下であった州や郡に対し有権者資格制限を設けることを禁止した点、➁司法長官の行政判断により連邦が直接有権者登録官や選挙監視員を派遣することを可能にした点、➂ ➀に該当する地域における選挙法の改正の際に司法省による事前審査を必要とした点において画期的なものであった。つまり、それ以前の訴訟を通した南部の民主化改革よりもより直接的な連邦政府の介入を可能にした点において画期的であった。しかし、平松氏は先行研究ではこれらの画期性を強調するものはあるものの、実際にどのように施行されたのかについての実証的研究は行われてこなかったと指摘する。

そこで、平松氏は司法省公民権局の法務官であったジョン・ドーアの個人文書を史料として用い、連邦政府の介入状況を調査した。その結果、ジョージア州南西地域に対する連邦政府の介入が不足していたことが判明する。司法省は人員の不足とジョージア州の郡の多さを理由にジョージア州への有権者登録官の派遣を後回しにし、アラバマ州、ミシシッピ州、ルイジアナ州への対応を優先していた。また、ジョージア州南西地域を担当していた白人の法務官が第二次世界大戦に従軍した際、黒人兵士の参政権が保障されなかった状況に義憤を抱いていたという点も、ドーアの個人文書から明らかになる。

平松氏によればこの結果は、政治発展論的に次のように解釈できるという。ジョージア州南西地域における連邦政府の介入が弱いものであったため、その分白人保守層の反動も強くなり得なかった。そのため、ジョージア州から民主党のジミー・カーターのようなリベラルな政治家が台頭していったというものだ。筆者にとって、政治発展論における経路依存性の考え方は目新しいものであったためこの点について非常に興味深く拝聴した。

本報告では、この経路依存性に関する興味深い事例がもうひとつ提示された。それがシェルビー判決である。この判決では、1965年投票権法における①の年代的な基準と、州選挙法改正の際の事前審査が違憲とされ、廃止となり事実上投票権法は形骸化された。これは投票権法に対する保守派からの揺り戻しである。判決が下された2013年以降、共和党は「市民ではない人」を選挙から除外するために、有権者登録や投票の際の身分証明書の提示を求める州法を約35州で導入したのだという。しかし平松氏によれば、シェルビー判決が下されたことによって、各州が選挙手続きを厳格化し、逆に州政府がトランプの「盗まれた選挙」説を凌ぐことができる防波堤を得たのではないかという。さらに、2020年に投票権法がそのまま存続していたら、最悪の場合トランプが、中央から州の選挙に手を加え再選を果たしていたかもしれないと捉えることができるという。このように過去の政治的な出来事によってその後の政治発展が制限されるという考えは非常に興味深く感じられた。

平松氏の報告の後、今回のコメンテーターである受田宏之氏と國分功一郎氏がそれぞれコメントし質疑を行い、平松氏がそれに応答する形で本セミナーは進められた。フロアからも質問があり、それに対する返答により本報告に対する理解がさらに深められたと思う。コメンテーターの両氏はともに中央政府の立場の変化について触れていた。中央政府が集権的に個人の権利を守る時代から中央政府が個人の権利を脅かしかねない時代に変化しているという議論は印象的だった。それに対して平松氏は、トランプが行政機構を悪用しかねない点などについてコメントした。近年、世界的に保守派の権威主義化が進む中で、その国固有の民主化の経験からその起源に迫っていくというのはとても有意義なものであるというように感じた。

【報告者:山舘草太(地域文化研究専攻修士課程)】