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Jun 29 2023 15:00~16:30

【参加記あり】第8回グローバル・スタディーズ・セミナー 中野耕太郎「歴史叙述をグローバル化する――アメリカの事例を中心に」

グローバル地域研究機構(IAGS)GSISPRING GX対象コンテンツ

【参加記あり】第8回グローバル・スタディーズ・セミナー 中野耕太郎「歴史叙述をグローバル化する――アメリカの事例を中心に」


【日時】2023年6月29日(木)15:00~16:30
【開催場所】ウェビナー

【司会】伊達聖伸(総合文化研究科地域文化研究専攻)
【コメント】馬路智仁(総合文化研究科国際社会科学専攻)
【コメント】受田宏之(総合文化研究科国際社会科学専攻)
【言語】日本語
【共催】地域文化研究専攻(今回のグローバル・スタディーズ・セミナーは、地域文化研究専攻研究集会を兼ねるものです)

【要旨】冷戦の終結と軌を一にする1990年代初頭以来、アメリカ史研究者の間では、歴史叙述を脱領域化し、グローバルに開いていこうとする知的傾向が顕著になった。国境を越えた歴史を語り、人類史の文脈からグローバルな問題に光をあてることの意義は、今やアメリカ史学に一つのコンセンサスを形成しているように見える。

もっとも、この「アメリカの過去」に対する新しいアプローチは、旧来のナショナル・ヒストリーを乗り越える新規性を持つ一方で、グローバリゼーションという近年の政治・経済潮流を反映した、いわば、現在主義的な学知ともいえる。それゆえ、グローバル・ヒストリーの批判者たちは、そこに内在するグローバル資本主義やアメリカ覇権との親和性を、しばしば指摘することになろう。

本論では、こうしたアメリカ史研究におけるグローバル・アプローチ流行の淵源をたどり、あわせて、その成果と不可避の限界を明らかにする。具体的には、次の問題に注目して議論を進めていきたい。①1970年代のアカデミアに胚胎したアメリカ例外主義批判とそのポスト冷戦期への展開、②リベラル・ナショナリストの立場からのグローバル・ヒストリー批判、③反植民地主義史学による批判、④歴史叙述のグローバル化とアメリカ史教育の変容。 

また最後に、これらの分析を踏まえて、歴史的なグローバリゼーションと「歴史学の」グローバル化の関係について検討を加えたい。

【参加記】今日のアメリカ史学において、グローバルな視点から国境を越えた歴史を語ることの意義は、一定のコンセンサスを形成している。本セミナーでは、アメリカ現代史を専門とする中野耕太郎氏から、こうしたアメリカ史研究のグローバルなアプローチの起源をたどりその成果と限界を指摘する報告がなされた。

アメリカ史におけるグローバル・ヒストリー流行の契機として中野氏が重視するのは、1990年代の冷戦終焉である。冷戦の終結は、外交史の変容や集合的記憶の再形成など、歴史学に様々なインパクトを与えた。このような冷戦終焉期の議論は、従来のナショナル・ヒストリーを批判し、国民史の「グローバル化」を推進する流れを生み出した。

少々時期を遡るが、アメリカ史叙述の「グローバル化」の始まりは、1980年代末以降の三つの出来事に見出すことができる。一つ目は、1988年の入江昭によるAHA(American Historical Association)会長講演である。二つ目は、1991年にイアン・ティレルがAmerican Historical Reviewに掲載した論文である。三つ目は、1997年から2000年にかけて開かれた歴史学のグローバル化に関する国際会議、ラ・ピエトラ会議である。これら三つの出来事において、アメリカ史を「グローバル化」することの重要性が主張された。

このような流れの中で、歴史叙述の「グローバル化」は、2000年代以降のアメリカ史研究における大きな潮流となった。同時代における複数のアメリカ史家は、脱国民国家/脱中心主義的な歴史叙述の必要性を説いた。こうして、アメリカ史の「国際化」あるいは「グローバル化」は、歴史叙述の「マントラ(聖句)」となっていった。

中野氏は、以上の議論を踏まえた上で、アメリカ史の「グローバル化」に関する四つの論点を提示した。四つの論点とは、①「グローバル化」の対抗概念はナショナル・ヒストリーか、②「グローバル化」自体を史的考察の対象に、③近代政治社会における「境界線」の今日的意味、④中等・高等教育としてのアメリカ史と世界史への導入、である。本セミナーの後半では、時間の都合上、①から③の論点を中心に報告がなされた。

「グローバル化」の対抗概念はナショナル・ヒストリーかという問いについて中野氏は、アメリカ例外主義に対する批判と関連付けて議論を展開した。「逸脱者」としての自覚を持つ一方で外部に「西洋文明」を作り出すアメリカ例外主義は、20世紀後半以降さまざまな批判を浴びることとなる。冷戦の終焉を迎えた1990年代には、アメリカの国際的指導力を称揚する「ウィルソン主義コンセンサス」の立場と、アメリカの支配的パワーに疑念を示す専門的な歴史学研究との間に、圧倒的な隔たりが生まれていた。中野氏は、こうした隔たりを乗り越える「もう一つの道」としてグローバル・ヒストリーが台頭したのではないかと述べた。

また、「グローバル化」批判の事例として、グローバル・ヒストリーと歴史家との共犯関係に対する指摘、グローバルなものからナショナルなものが構築されるという主張、反植民地主義の歴史家による厳しい「グローバル化」批判が紹介された。最後に中野氏は、国境をめぐる現在の戦争を取り上げながら、「境界線」が持つ今日的意味とグローバルな歴史叙述の限界を指摘し、本報告を終えた。

報告後は、コメンテーターの先生方から、アメリカ例外主義を覆う西洋文明、日本におけるアメリカ史叙述、ラテンアメリカとの比較に関する質問がなされた。また、「地域に対する理解」と「グローバルに対する理解」の相互関係性についてのコメントがなされ、本セミナーは盛会のうちに幕を閉じた。

【報告者:阿部希(地域文化研究専攻修士課程)】