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Oct 27 2022 15:00~16:30

【参加記あり】第3回グローバル・スタディーズ・セミナー 吉本郁「グローバル化、主権国家体系と決定主体」

グローバル地域研究機構(IAGS)GSISPRING GX対象コンテンツ

【参加記あり】第3回グローバル・スタディーズ・セミナー 吉本郁「グローバル化、主権国家体系と決定主体」


【日時】2022年10月27日(木)15:00~16:30

【開催場所】ウェビナー(要事前登録)

【タイトル】「グローバル化、主権国家体系と決定主体」

【報告者】吉本郁(総合文化研究科国際社会科学専攻)

【司会】馬路智仁(総合文化研究科国際社会科学専攻)

【コメント】受田宏之(総合文化研究科国際社会科学専攻)・伊達聖伸(総合文化研究科地域文化研究専攻)

【言語】日本語

【要旨】報告者はこれまで、国家間の経済的なつながりや協力の深まりと、国内政治や国内秩序との相互作用に関心を持ち、その具体例として金融規制、援助と国家の正統性/民主化、グローバルバリューチェーンなどを取り上げ研究対象としている。こうした関心の背後には、グローバル化の中でも依然として主権国家体系という枠組を前提とした上で、政策決定に参加し実施する主体と、影響を受ける主体との乖離をどう捉えるかという問いが常にあった。そこには、民主化支援などのように外からの介入で両者を一致させる試みも含まれるが、その場合も一致の仕方をめぐるイメージ自体が関連する主体(外国政府・被介入国の政府・被介入国の国民など)間で共有されているとは限らない。このような乖離を問題化し、研究する仕方自体に、ある種の近代的な国家像を一つの到達点として絶対化する姿勢が潜んでいないかという反省をもちつつ、主権国家という枠組に縛られない探究の方向性についても考えてみたい。

【参加記】グローバル化する国際社会においてなされる政策決定において、その行為主体そのものはどう変化していくのか。この壮大な問いに対して本セミナーにおいて吉本郁氏は、国際社会の主体は依然として主権国家であることを前提にしつつ、主権国家のみならず、いわゆる民間アクターの政策決定に及ぼす影響の変化も重要であると提起した。そのような提起をするにあたって、主に三点の項目について報告がなされた。①研究の問題関心の出発点や影響を受けた研究群、②近年の研究動向、③今後の研究課題である。

吉本氏の問題関心の中心にあるのは、「グローバル化する政策決定過程において、多様な主体が過程にどのように働きかけるのか」という点にある。つまり、グローバル化の進展に伴い人やモノ、お金などが国境を超え移動する中で、主権国家同士の経済的な依存、また協力の重要性の高まりがみられている。加えて、政策の影響を受ける主体や、他方で政策に影響を与える主体が、主権国家以外にも多様化している。その中で吉本氏は、民間セクターは政策決定過程にいかに影響を与えるのか、と問うているのである。

この問題関心のもと吉本氏は、のちの研究に影響を受けた国際政治経済学の理論として三つ概説した。一つ目に、国家間の交流は多層的になされ、相互依存が強い関係において国家間に影響を与えるのは軍事力以外の要因だとするコヘインやナイの「相互依存論」、二つ目に国際交渉と国内政治の相互作用を指摘したパットナムの「2レベルゲーム」、三つ目に政府による公共財の提供能力が国家の正統性に与える影響を提起したレヴィの「準自発的遵守(Quasi-voluntary compliance)」論である。

このような国際政治学・比較政治学の理論に影響を受けた吉本氏は近年では、国際金融・貿易、国際援助といった政策領域における多種多様な行為主体間の相互作用を研究対象としている。具体的に次の三つの研究について紹介された。

一つ目に1988年「バーゼル合意」における国際金融制度と国内の規制制度の関連に着目したものである。銀行の自己資本比率を8%とする「バーゼル合意」の国際統一基準が設けられた背景について吉本氏は、既存研究で指摘される日本の銀行への圧力といった対外的要素以外に、合意に参加した各国国内における要因を指摘した。つまり、各国国内規制当局が既存の業務以外にも業務内容を転換したいという思惑を抱えていたことも、国際基準策定に影響を与えたという主張である。

二つ目に対外援助が国内の政府の正統性に与える影響を測った研究である。この研究では、中国と世界銀行各々の援助とタンザニア政府に対する地域や住民ごとの納税意識の相関を計測した。その結果、興味深いことに、中国からの援助が政府に対する正統性と正の相関があり、一方で世銀からの援助についてはみられなかったと指摘された。

三つ目に、グローバル・バリューチェーン(GVC)の形態が米国国内への海外からのロビイングにどのような影響を与えたのかを評価したものである。米国の中間財などの輸出を通じGVCに参入する場合にはロビイングは弱まり、一方で米国企業が中間財などの輸入を通じGVCに参加する場合には貿易摩擦などの高まりからロビイングは強まると提起された。

このように吉本氏は、「グローバル化する政策決定過程において、多様な主体が過程にどのように働きかけるのか」という問いに対し、国際政治経済学の知見を用いて研究を進めてきた。他方で吉本氏は、「主権国家」像の前提としてこれまでの自身の研究内容において設定されていたのは「近代化や経済発展を経た国家」であったという。その上で今後の研究課題について吉本氏は、そのような国家像を前提としない行為主体または世界像―例えば後発開発国としての大恐慌前の日本など―の政策決定過程を対象に研究を進めていくと述べた。

以上の吉本氏の講演に関連しコメンテイターから、宗教史や哲学史などの観点から見た「主権」という概念の変遷に関する指摘、グローバリゼーションを「良いもの」とすることを再検討する必要があるとの提起、さらには経済制裁と国家の正統性の相互関係に関する討論など、活発な議論がなされ、本会は閉会した。

【報告:倉石東那(東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻国際関係論分野修士課程)】