研究実績

反移民主義と政治的支持――イタリアの事例から

「新たな移民研究の創造に向けた学術横断型研究」(野村財団助成)

伊藤武

反移民主義と政治的支持――イタリアの事例から


反移民主義と政治的支持――イタリアの事例から

伊藤 武

 

移民・難民の増加は、反移民主義を理由としたポピュリスト政党の勢力拡大を招くという問題が、近年先進国の政治的課題となってきた。2010年末に始まったアラブの春以降、難民の急増に直面したヨーロッパでは、ポピュリスト政党の勢力拡大が顕著な現象である。しかし、政治学研究は、移民・難民としての人の移動の増大がポピュリスト政党の勢力拡大を招くという因果関係について、両義的な議論を展開してきた。以下では、2010年以降、最大の難民流入先となったイタリアを事例に、そのような因果関係をめぐる政治学的議論を検証する。

イタリアは、英仏独など他のヨーロッパの大国と比較して移民流入国に転じたのは1970年代と遅かった。流入が本格化して社会問題となるのは、1990年代以降である。1990年代以降の2大勢力の一方を占めた中道右派政党の背景には、反移民主義があったとされてきた。実際2000年代初頭のボッシ=フィーニ法など、同政権の下では移民規制の強化が施行されてきた。これに対して中道左派政党は比較的寛容な移民政策を行い、移民の社会統合を志向してきたとされる(伊藤 2017)。

アラブの春以降、難民流入が急拡大する中で、反移民主義・移民主義の分布をめぐる状況は大きく変化する。(Urso 2018)によれば、1990年代半ば以降2010年頃まで、イタリアでは移民問題は政党ごとに立場が分かれる対立争点(positional issue)であった。しかし、激しい政党間競争による対立陣営の争点取り込みや、政権与党化時の反移民主義的アピールの穏健化によって、反移民主義は党派を横断して浸透するようになった。中道左派陣営でも、労働目的などを「良い移民」、イスラム系などを「悪い移民」に区分するような議論が拡がってきた(Geddes and Pettrachin 2020)。その結果、反移民主義は、程度の差しか違いみられない形で支持が拡散する合意争点(valence issue)として認識されるようになってきたのである(伊藤 2019)。

しかしながら、反移民主義がイタリア国民に深く浸透していると判断するのは早計である。確かに、反移民主義は拡がっているようにみえるが、それは人々の日常生活の行動や投票行動を決定する因果関係上の独立変数になっているとは言えないからである。反移民主義の強さが、同盟など急進右派政党を支持する要因として作用するとしても、因果関係の認定は慎重になる必要がある。

この点で注目すべき研究は、(Brisione 2020)である。著者は移民への偏見と政治的支持に関するサーヴェイ実験を基に、因果関係を考察している。イタリアでは、移民への反感は政治的コミュニケーションのあり方と密接に関係しており、党派性の影響が大きい。言い換えれば、政党の政治的コミュニケーションの変化が、有権者レベルの反民主義感情を左右するのだ。

反移民主義の浸透についても、イタリアの投票行動を説明する際に伝統的に注目されてきた政党キュー(party cue)の重要性という点は、質的に変わったわけではない。政党による政治的コミュニケーションが、反移民主義の争点の比重を主に決定しているのである。異質なエスニシティーへの接触そのものが反移民主義を人々の間に涵養するという一見尤もらしい説明は、反移民主義政党の牙城、主要国初のポピュリスト政権の成立地とされるイタリアにおいても、成立しないのである。

 

【参考文献】

Barisione, M. (2020). “When ethnic prejudice is political: an experiment in beliefs and hostility toward immigrant out-groups in Italy.” Italian Political Science Review/Rivista Italiana di Scienza Politica 50/2: 213-234.

Geddes, A & A. Pettrachin (2020). “Italian migration policy and politics: Exacerbating paradoxes, Contemporary Italian Politics.” 12/2:227-242.

伊藤武(2017)「イタリアにおける移民ケア労働者導入と家族主義レジームの『再家族化』」、新川敏光編『国民再統合の政治』、ナカニシヤ出版、211-234頁

同(2019) 「イタリアと EU 関係~難民問題をめぐるジレンマ」、日本国際問題研究所・欧州研究会(平成30年度外務省外交・安全保障調査研究事業)『混迷する欧州と国際秩序』報告書、2019年3月、29−40頁

Urso, O. 2018. “The Politicization of Immigration in Italy. Who Frames the Issue, When and How.” Italian Political Science Review/Rivista Italiana Di Scienza Politica. 48/3: 365–381.